駅からハイキング「思川桜と伝統工芸を訪ねて・・開運のまち歩き」に本日参加、コースは間々田駅をスタートして⇒小山市立博物館⇒間々田ひも店⇒間々田八幡宮⇒千駄塚古墳(浅間神社)⇒西堀酒造⇒小山総合公園⇒小山政光・寒川尼像⇒城山公園⇒須賀神社⇒まちの駅思季彩館⇒おやま本場結城紬クラフト館⇒小山駅、約12.5㌔、約4時間30分のコースになります。途中思川沿いに見頃を迎えた思川桜が美しく咲き誇り少し遅めの桜見物も楽しんで来ました。
アイキャッチ画像は思川堤防より菜花越しの思川桜
主な立ち寄り場所

間々田八幡宮の創建は大変古く、今から約1300年ほど前の奈良時代中期(天平年間)と伝えられています。 主祭神は誉田別命 (ほんだわけのみこと) /第15代 応神天皇・息長帯姫命(おきながたらしひめのみこと) /神功皇后(応神天皇の母神)

千駄塚古墳は築造が6世紀末~7世紀初めではないかと思われる思川東岸の段丘上にある古墳。県内でも有数の規模を誇る円墳で、墳頂に浅間神社を祀り、別名「浅間山古墳」とも称されています。

西堀酒造は明治5年(1872年)創業の弊社の仕込蔵は、江戸末期に建設されました。代々醸してきた酒蔵に棲む、蔵付き酵母の力で現在も日本酒を醸しています。敷地内の建造物は国登録有形文化財にも指定されております。

中世の小山繁栄の礎を築いた小山氏の祖・小山政光とその妻・寒川尼だ。 藤原秀郷の子孫である政光はこの地に拠点を置き、源頼朝の乳母(めのと)を務めた寒川尼と結婚した。

小山評定は徳川家三百年の安泰の道筋をつけた重要な軍議で、慶長5年(1600)に、ここ小山の地で開かれました。本陣に諸将を招集して軍議を開き、「このまま上杉を討つべきか、反転西上して石田を討つべきか」を質したのです。これが世にいう「小山評定」です。

須賀神社は天慶3年(西暦940年)に藤原秀郷公により創建されたと伝えられています。天慶(テンギョウ)の乱に際し、藤原秀郷公は日夜素盞嗚命(スサノオノミコト)に戦勝を祈願し、成就することが出来たので、天慶3年(940)4月、京都の祇園社(八坂神社)から、御分霊を勧請してまつったのが、当社の創祀であります。

まちの駅思季彩館は「おやまブランド」をはじめ、地元産の新鮮な農産物や、地元生産の様々な商品の販売および観光情報の案内をしています。
思川桜
我々と同期の昭和29年小山市を流れる思川沿いにて発見された新しい桜になります、特長は、紅色を帯びた美しい花で10枚の花弁がとてもゴージャスで、染井吉野(ソメイヨシノ)が咲き始めて、一週間後くらいに開花します。
道中の桜「間々田八幡公園・小山総合公園」
小山ですかーー
小山と言うとーーー
小山遊園地のイメージがーーー
かなり以前になりますがーー
ショッピングモールになっていた記憶がーーー
プールとインラインスケートが
有ったと思ったんですがー
旧小山遊園地は現在「おやまゆうえんハーヴェストウォーク 「衣・食・住+遊」バラエティ豊かな73の専門店」になっていますね。以前の面影は無くなりました。
時代なんでしょうねーー
プールは結構混んでたように思ったんですがーー
インラインスケートもあまり普及しなかったですね〜
一応持ってますがーー
足に合わなくなりましたーー