武蔵国分寺跡を中心とした駅からハイキング「JR国分寺駅開業130年記念・こくぶんじの恋と歴史と文化をめぐる春の探訪」に参加、JR国分寺駅をスタート⇒恋ヶ窪遺跡柄鏡敷石住居跡⇒姿見の池⇒東山道武蔵道跡⇒国分寺薬師堂⇒国史跡武蔵国分寺⇒武蔵国分寺跡資料館⇒お鷹の道・真姿の池湧水群⇒不動橋・石橋供養塔⇒日本の宇宙開発発祥の地顕彰碑⇒王貞治国民栄誉賞受賞記念碑⇒電車開通記念碑⇒国分寺駅、約6.5㌔、約3時間のコースです、今回はコース途中にある都立殿ヶ谷戸庭園にも立ち寄り新緑に輝く別荘庭園をのんびりと観賞してきました。(説明コピーはHPより流用)
アイキャッチ画像は現在の国分寺本堂になります
主な探訪地

姿見の池は、かつて付近の湧水や恋ヶ窪用水が流れ込み、清水を湛えていました。東山道武蔵野路や鎌倉上道の宿場町であった恋ヶ窪の遊女達が、朝な夕なに自らの姿を映して見ていた ことから、「姿見の池」と呼ばれるようになったと言い伝えられています。地名の由来の一つとも云われ、傾城・夙妻太夫が武将・畠山重忠を慕って 身を投げた池といわれています。

国分寺境内の薬師堂は、建武2年(1335年)新田義貞の寄進により、武蔵国分寺史跡の金堂跡付近に建立されたと伝えられています。

現在の医王山最勝院国分寺は、真言宗豊山派の寺院です。伝承では「分倍河原の戦い」で焼失した武蔵国分寺は新田義貞の寄進により薬師堂が再建されたと伝わっています。

「見る」・「学ぶ」・「訪ねる」をコンセプトにした資料館です。おもに史跡武蔵国分寺跡の出土品を展示して、これまでの発掘調査の成果や、市内の文化財、史跡武蔵国分寺跡の整備事業などを紹介しています。写真は長屋門

お鷹の道は江戸時代に市内の村々は尾張徳川家の御鷹場に指定されていました。それにちなんで、崖線下の湧水が集 まり野川にそそぐ清流沿いの小径を“お鷹の道”と名づけられた。

不動橋の北側に位置し、庚申塔は延享(1745年)に国分寺村の人々が建て、隣に天保3年(1832年)の記念銘のある石橋供養塔と、 建立年月日不明の不動明王碑があります。 石橋供養塔は、常に人に踏まれている石橋を供養する意味と、石橋を渡って村内に疫病や災いが入り込むのを防ぐ意味がある と伝えられています。

2005(平成17)年4月、ペンシルロケットの水平発射実験から50年を記念して、発射の地に顕彰碑を建立された。顕彰碑の下には、松本零士氏デザインのタイムカプセルが埋められています。

王貞治記念碑は、王貞治の母校、早稲田実業の正門前の広場にあります。これは、王貞治がホームラン756本の世界記録を達成し、国民栄誉賞を受賞した記念にできたもの。

明治22年(1889年)に、新宿・立川間で開通した甲武鉄道(現在の中央線)が政府に買収され、その後大正11年に国分寺駅まで電化が進み、電車が通ることになったのを記念して、同年11月21日に建てられた碑で す。
武蔵国分寺で出会った山野草
殿ヶ谷戸庭園「隋宜園」
投稿者とコメンテーターは、同一人物の自問自答ですか。
??
オオーー気が付かなかったーー
本文は俺じゃないですね〜
俺じゃーー
そんな歩けないーー
ヒゲの木村ですから
大変失礼いたしました、投稿時に氏名をチェックするのを忘れてしまいご迷惑をお掛け致しました、投稿は私、村田です。
駅からハイキングも面白いコースがありますので宜しかったら参加して見て下さい。
色々な発見がありますよ。
やっぱり、そうだったんですか。もしかして、おヒゲさんも、ようやく、ついに、とうとう、(あと、何があるかな)、成るべくして、駅からハイキングを始められたのかなと、邪推?していたところです。
興味は有りますがーーー
歩く自信がないですよーーー
移動のほとんどはチャリーーー
歩くのはーーー
ほとんど無いーーー
せっかくコバトンマイレージの
万歩計持ってるのにーー
1万歩なんか歩けないーー
王さんの記念碑ーー凄いー
なぜ国分寺ーー
東京都名湧水ーー
改めて考えるとーーー
埼玉県より広いんでしょうね
王さんの出身校が早稲田実業で学校の正門前の広場に設置されていますので何方でも見る事が出来ますよ。
なるほど!
了解しました!