白岡市観光協会主催 新井白石公没後300年記念「新井白石公ゆかりのコース」に参加、コースは白岡市高岩公園(受付)⇒野牛稲荷神社⇒新井白石公郷倉跡⇒白石様堀⇒野牛久伊豆神社⇒観福寺⇒高岩公園、約5㌔、約2時間(説明時間含む)、江戸時代に白岡市野牛地区を治めていた新井白石公の没後300年を記念してゆかりの地や文化財を巡りながら歴史を学ぶ事が出来ました。
アイキャッチ画像は観福寺本堂にて新井白石公関連文化財公開
白岡めぐり

新白岡地区にある受付&スタート地の「高岩公園」

創建時代不詳ですが旧野牛村の土地神様として祀られている「野牛稲荷神社」

新井白石公が飢饉などに備えて米などを備蓄していた「新井白石公郷倉跡」

江戸時代低湿地帯のため排水が悪かったため新井白石公が排水のために開削した「白石様堀」

講師から「郷倉跡・白石様堀」について参加者が説明を聞いている

朝鮮通信使から新井白石公に贈られた神社の扁額がある「野牛久伊豆神社」

新井白石公の肖像画が伝わる真言宗智山派「観福寺」
新井白石公関連文化財

観福寺に伝わる「新井白石公肖像画」孫の新井成美氏より寄贈されたもの

新井成美氏が肖像画を作成及び寄贈した謂れが書かれた古文書

朝鮮通信使と新井白石公ゆかりの「久伊豆神社扁額」

朝鮮通信使により贈られた扁額文字の「下書」

新井白石公ゆかりの古文書 (漢詩など)
白岡市ゆかりの新井白石とは
明暦3年(1657)~享保10年(1725)
江戸中期の政治家・学者で、後世に「正徳の治」といわれた政治改革を行った。白石は教育・学問と政治の一致に努める一方、「西洋事情」「折たく柴の記」「藩輸譜」など多くの著書を著した。
六代将軍家宣の時に野牛村500石と鎌倉郡下500石合わせて1000石の領主となり、野牛村は明治維新まで新井家の知行地であった。
白石は領主として「白石堀」の開削など農業基盤の整備などに多大な業績を残した。野牛の観福寺には市指定文化財である白石の肖像画が伝えられている。(市HPより抜粋)
野牛!
先輩が居る地区です
年に一回は行きます!