白岡めぐりに参加

白岡市観光協会主催で市民を対象に白岡市内の名所旧跡等をめぐる「白岡めぐり」、年に2~3回開かれ今回は我が家の近所を巡る「高岩・上野田・下野田  日光御成街道と古道を歩く」に夫婦で参加してきましたのでご紹介いします。コースは高岩公園スタート⇒忠恩寺⇒高岩天満神社⇒一里塚⇒上野田鷲宮神社⇒正伝寺⇒高岩公園ゴール、約7.2㌔、約2時間30分

アイキャッチ画像は高岩天満神社に奉納されている寶船絵馬

白岡めぐり

スタート。ゴール地点になる高岩公園での受付風景

1054年の開基と伝わる「忠恩寺」徳川将軍家より寺領30石の御朱印を頂いた格式高いお寺です

 

 

 

 

 

 

1424年創建と伝わる「高岩天満神社」旧高岩村の鎮守社、幕末に活躍した山岡鉄舟の書や絵馬などが奉納されています

高岩天満神社神輿、今回の白岡めぐりにあわせて神輿蔵を開けて頂きました

 

 

 

 

 

 

御成街道に設置されている日本橋から11番目の「一里塚」両側に塚が現存しています

安土桃山時代の岩槻城址太田十郎氏房の開基と伝わる「正伝寺」開山様は婦人の病は治ると信仰されていた

 

 

 

 

 

 

岩槻城主 太田十郎氏房について

安土桃山時代の武将。武蔵岩槻城(埼玉県岩槻市)城主。北条氏政と武田信玄の娘の子。幼名菊王丸,通称十郎。太田氏資の跡を継ぎ源五郎を襲名していた兄の国増丸が天正10(1582)年に没したのち,岩槻城主となる。そのため一般には太田氏房ともいわれるが,太田氏は継承していないものと思われる。同18年の小田原の陣に際しては小田原に籠城して戦い,戦況不利とみると兄氏直に,徳川家康を頼って豊臣秀吉と和議するよう進言したという。降伏後,氏直に従い高野山に入るが,のち肥前唐津城主寺沢広高に預けられ,同地で死去。

参加者に渡られる「完歩生」

 

 

1 個のコメント

  • イイ企画ですね(ノ^_^)ノ

    しっかりした
    観光協会!
    観光行政!

    個人的には
    最大に近い観光行政は
    京料理だと思ってます

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