駅からハイキング「古(いにしえ)の風かおる天平の八重桜~春散歩~」に参加、コースは宇都宮線小金井駅をスタート⇒日酸公園⇒久保公園⇒御使者橋・姿亭⇒栃木県埋蔵文化財センター⇒天平の丘公園⇒下野国分尼寺⇒しもつけ風土記の丘資料館⇒下野国分寺跡⇒伝紫式部の墓⇒オトカ塚古墳⇒ゆうゆう館・天平の湯⇒金井神社⇒慈眼寺⇒小金井一里塚⇒小金井駅、約12㌔、約5時間30分のコースです、万葉の歴史に触れながら満開の八重桜を愛でながらの散策が出来ました、尚、天平の丘公園には日本三大桜「山高神代桜・三春の滝桜・薄墨桜」の子孫樹がありますので来年は3月末位に行くと三大桜の子孫樹が美しく咲き誇っていると思います。
アイキャッチ画像は天平の丘公園内を流れる明日香川の源
古に触れた所(説明内容は各HPより引用)

江戸の昔、徳川幕府や壬生藩主鳥居公の使者が往来したので、この橋を御使者橋と呼ばれ、橋のたもとに姿亭の東屋があり和歌の絵が飾られている。この裏には、和歌が書かれている。

埋蔵文化財センターは古墳時代の遺跡から発掘された資料を展示している資料館。

下野国分尼寺跡は、下野国分寺跡の東方約600mのところにあり、国分寺と同じく聖武天皇の詔によって建てられた国立の寺院です。

下野国分寺跡(しもつけこくぶんじあと)は、栃木県下野市にある古代寺院跡。国の史跡に指定されている。 奈良時代に聖武天皇の詔により日本各地に建立された国分寺のうち、下野国国分寺の寺院跡にあたる。現在は整備され、史跡公園となっている。

国府跡、国分寺跡、国分尼寺跡とそれらを取り囲むように点在する大小の古墳をまとめた「しもつけ風土記の丘」の中心にある施設。周辺に残るこの地方の古代の歴史展開を示す遺跡と資料を関連付けながら、古墳文化の展開や律令国家など4つのテーマに沿った展示を行い、古代下野国の歴史をわかりやすく紹介している。

伝紫式部の墓はこの辺の地名栃木県下野市紫から来ている言い伝えだということでした。京都の朝廷に仕えていた紫式部が栃木に墓があるというのも可笑しな話ですし、この石碑もここら辺を支配していた豪族が建てた慰霊塔なのでしょうね。

オトカ塚古墳は天平の丘公園内にあり、墳長約32mの帆立貝式古墳で、周囲を幅約6mの溝がめぐる。埴輪は出土していない。埋葬施設は前方部の先端部に構築された両袖型

金井神社は国土開拓の祖神である磐裂命、根裂命をお祀りする。往古は金井村字余又の地にあったが、宝暦4年(1754年)に現在地に遷座し、小金井宿本陣隣りの鎮守として発展した。社名の金井には、黄金の湧き出づる井戸の意があり、また願いが叶うに通ずる縁起の良さがある、願いを叶え黄金湧く郷土開拓の祖神

坂東20番札所の慈眼寺は旧国分寺町役場の南、国道4号線沿いにある。広い境内には本堂をはじめ、観音堂など伽藍が整然と並ぶ。本尊は十一面観世音菩薩。真言宗智山派
天平の丘公園の八重桜
天平の丘公園いろいろ
姿川の土手にて
『参考』天平の丘公園について
8世紀に聖武天皇によって建立された「下野国分寺・国分尼寺」跡地や国・重要文化財の機織形埴輪を展示する「しもつけ風土記の丘資料館」、旧農家住宅でくつろげる古民家カフェ「10 picnic tables」などがある都市公園で美しい自然林と綺麗な桜そして多くの史跡があることで知られている公園です。園内には、約450本もの桜が植えられていて、春にはベニヒガンザクラ、ウスズミサクラなどの早咲きの花から始まりヤエザクラ、そしてその後のツツジまで約1ヶ月もの間、移り変わる花見を楽しむことが出来ます。周辺には、吾妻古墳や琵琶塚古墳など古墳跡地がたくさん点在しています。
さすがに桜は終わってましたか?
古代のロマンですね!
歴史は為政者の戯言がヒガミモノの考え
しかし、こう言うのを見ると
ヒガミモノでイイですね〜
勝手な妄想ができますからねー
どんな女神の陵墓なんだろうーー
う〜ん寮母ーー
英雄の寮ーー
妄想ーーー