駅からハイキング「足利」に参加

昨日、連休初日で天候も良いので駅からハイキング「足利秋めぐり~観て歩いて美しくなる街~」に参加、JR足利駅をスタートして⇒足利まちなか遊学館⇒史跡足利学校⇒鑁阿寺⇒北仲道通り⇒足利織姫神社⇒もみじ谷⇒美人弁天⇒総合運動場⇒太平記館⇒JR足利駅、約9㌔、約4時間のコースになります。美人弁天以降については以前も行っていますのでその分もみじ谷をゆっくりと写真撮影を堪能して秋色に染まる足利のレトロな街並みや名所、旧跡などを巡りながら秋を満喫してきました。23日は足利学校「釋奠(せきてん)」行事の為入場が無料開放日でした。尚、今回はJR東日本の主催ですが交通費の安い東武線で足利市駅まで行き参加です。

アイキャッチ画面は足利織姫神社です

今回巡りました足利の秋

史跡足利学校「学校門」23日に足利学校で行われる伝統行事「釋奠(せきてん)」が行われていましたので見学料が無料でした

大銀杏越しに「国宝」鑁阿寺本堂を望む

古き良き街並みが残る北仲通りに現役で活躍している「花の湯」開店準備で煙突から煙がたなびいていました

足利の鎮守様で、縁結びの神と言われている足利織姫神社大鳥居前より

足利ロータリークラブもみじ谷設置の碑

今回の紅葉ポイント

史跡足利錦秋

 

鑁阿寺錦秋

          

もみじ谷錦秋

     

その他足利錦秋

織姫山から錦に染まる鑁阿寺・足利学校を望む

渡良瀬川で佇む白鷺

以前もご紹介致しましたが今回は森高千里の渡良瀬橋歌碑から渡良瀬橋を望む

 

「参考」足利学校 釋奠(せきてん)について

釋奠は「しゃくてん」・「しゃくでん」・「せきてん」とも読み、「釋」も「奠」も供え物を置、並べるという意味です。
 もとは山や川の神、先聖・先師を祀ることを「釋奠」と言いましたが、後漢(25~220年)の光武帝(こうぶてい)が、孔子と七十二弟子を祀ったころから、「釋奠」は孔子を祀ることを言うようになりました。
 日本の「釋奠」は奈良時代の大宝元年(701年)完成の「大宝令」(たいほうりょう)には、2月、8月上旬の丁(ひのと)の日に行うと記されています。延喜5年(905年)に編集を始め、延長5年(927年)に完成した「延喜式」(えんぎしき)という法令集に「釋奠」のことがくわしく定められました。
 足利学校の釋奠の起源ははっきりしたことは判りませんが、現行の釋奠の祖形は、明治40年に相場朋厚(あいばともあつ)により書かれた「足利学校遺蹟釋祭略式」の祭典序次で、現在の釋奠の基準となっています。明治40年の釋奠は冬至の日に挙行していましたが、大正4年からは11月23日に変更され、現在に至っています。現在の釋奠は、種々の祭器即ち簠(ほ)、簋(き)、籩(へん)、豆(とう)、爼(そ)、爵(しゃく)、犠樽※(ぎそん)、象樽※(しょうそん)、水瓶(すいびょう)等を用いて野菜類ほか米、餅、鯛、鯉、牛肉、酒等を供え、祝文は祝兼掌事が朗読し捧げています。

【写真】釋奠(せきてん)の様子  【写真】釋奠(せきてん)の様子 【写真】釋奠で使用する祭器

釋奠の祭器 俎(そ):牛肉や鯉を供える/ 豆(とう):白菜・大根など野菜を供える/籩(へん):鯛を供える/簋(き):米・餅などを供える/簠(ほ):米・餅などを供える/樽※(そん):「酒樽※」(さけだる)で、牛の絵のついているものを犠樽※(ぎそん)、象の絵の方が象樽※(しょうそん)/爵(しゃく):酒を供える器
※・・・樽は正式には缶+尊という字。

ryakushikijoji

上記は足利市役所足利学校HPよりそのまま引用しています

2 件のコメント

  • 足利ですか。
    大昔に、うちに居た奴と一緒に
    総合の試合に行った記憶が蘇ってきます。

    彼は、その後すぐに腰をやって
    辞めてしまいましたー
    その後柔術に転向したようですーー

    確か古印最中が有名だったようなーー

    • 今回もお土産は足利銘菓香雲堂の「古印最中」です、足利学校などに有る古文書等に押されている落款を形にした最中で大変美味しい粒餡ですよ。
      尚、相田みつをさんデザインの包装紙などでも知られる明治元年創業の老舗の和菓子屋さんです。

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