昨日妻と共に駅からハイキング「日光例幣使街道を行く 歴史と伝統のまち佐野めぐり」に参加、佐野駅をスタート⇒ぱるぽーと観光案内所⇒星宮神社⇒日光例幣使街道⇒佐野市郷土博物館⇒佐野市観光物産観光館⇒佐野厄よけ大師⇒観音寺⇒宝龍寺⇒人間国宝田村耕一陶芸館⇒さのまるの家⇒佐野東石美術館⇒佐野市役所7F展望ロビー⇒佐野駅、約5.5㌔、約3時間のコースです。佐野市の神社仏閣を初めとした歴史と名物の佐野さーめん・いもフライ・味噌饅頭をゆっくりと堪能してきました、帰りには見頃を迎えている館林のつつじが岡公園へ立寄り色とりどりのつつじをよっくりと堪能してきました。(佐野市HPより一部引用)
アイキャッチ画像は天明鋳物で作られた鳥居がある星宮神社参道より
主な佐野のめぐり

星宮神社は✿主祭神 天津日高彦穂迩々杵尊(あまつひたかひこほのににぎのみこと)。久安年中(1145-1150)の草創されました。

例幣使街道沿いある創業90年の老舗の和菓子屋新井屋、佐野名物の味噌まんじゅうの店です、しっとりとした美味しいこし餡のまんじゅうです。建物は明治28年頃に建てられた見世蔵を使用しています。

佐野市郷土博物館(さのしきょうどはくぶつかん)は、足尾鉱毒事件に生涯を捧げた政治家田中正造の関係や天明鋳物、佐野氏・彦根藩・佐野藩資料等が展示されています。

田中正造は日本初の公害事件と言われる足尾鉱毒事件を明治天皇に直訴した政治家として有名。衆議院議員選挙に当選6回

天慶7年(944年) – 藤原秀郷が春日岡(今の佐野城址の地)に創建したものと伝わります、天台宗の寺院で「春日岡山 転法輪院 惣宗官寺(かすがおかやま てんぼうりんいん そうしゅうかんじ)」。一般には関東三大師「佐野厄除け大師」として知られています。

真言宗豊山派 日輪山観音寺、 本尊は不動明王 室町時代大永年間、藤原秀綱の創建と伝わります。市指定文化財の天明鋳物の大仏(阿弥陀如来)を安置しています。

観音寺に安置されている天明鋳物の大仏(阿弥陀如来) 江戸時代に佐野周辺が天明と呼ばれたことからこの名がある。佐野における鋳物の歴史は古く、939(天慶2)年に下野国の豪族であった藤原秀郷が、河内国(現・大阪府)から5人の鋳物師を連れてきて、武器などをつくらせたのが始まりとされる。梵鐘・茶釜・花瓶・火鉢などの美術工芸品から風呂釜・鍋などの日用品まで幅広く製作。男性的な荒々しさと重厚さが特徴。栃木県伝統工芸品。

浄土宗宝龍寺は「子育て呑龍」の名で親しまれている呑龍上人(どんりゅうしょうにん)ゆかりのお寺です。呑龍上人は弘治2(1556)年4月に武蔵国埼玉郡一ノ割(現・春日部市)にあります圓福寺の生まれといわれています。
佐野めぐり番外編

琺瑯看板がディスプレーされている昭和レトロの雑貨店

お金を祭る金山神社(宝くじが当たりますように祈願)

日本クリケット協会本部事務所 (以前はお医者さんの建物でした)
佐野B級グルメ「大師庵のラーメン&いもフライ」

犬型のゆるキャラ。佐野ブランドのPRのために、佐野の特産品を身にまとった侍の姿をしており、佐野の城下町に住んでいる。笠は佐野ラーメンのお椀で出来ており、雷文模様の代わりにローマ字表記の「SANO」がデザインされることで世界に佐野の魅力をアピールしている。また、前髪は佐野ラーメンの中太ちぢれ麺で出来ており、真ん中で分けている。剣は佐野市名物のいもフライである。ゆるキャラグランプリ2013王者。
館林つつじが岡公園「館林つつじまつり」
犬型のゆるキャラに名前はないんですかね。
このお侍さん、どんぶりなんか被っちゃって、なかなかやりますね。
確かサノマルだったと思いますーー
記憶がーー
アイマイーーー
ミーマインーー
マイターーー
大変失礼いたしました、「さのまる」君と申しあげます。佐野市内にはいたる所に出没していますので一度楽しんでみてください。
サノマルさんですか。ありがとうございます。なかなか愛嬌がありますね。
相変わらずアイマイー
サノマル君は、ゆるキャラグランプリで
入賞したと思いますーー
佐野ーー
ラーメンうまいーうますぎるー
でしたか?
多分6月のラストに佐野に行くんですがー
弁当なんでーー
ほぼ毎年のように佐野には行くんですがー
佐野ラーメンーー佐野で一度も食べた事無いんですよー