かすかべウォーク第4段として「いにしえ」コースを歩いてきました、但し後半の浜川戸橋以降については何度か散策をしていますので今回はコース後半を新白岡の自宅迄に変更、コースは豊春駅をスタート⇒業平橋⇒古隅田野鳥の森⇒やじま橋⇒古隅田公園⇒満蔵寺(お葉附き銀杏・梅若塚)⇒黒沼緑道⇒内牧公園⇒内牧黒沼公園⇒黒沼用水路(新堀河川立体交差)⇒御成街道交差⇒高岩公園⇒新白岡(自宅)、約11㌔、約4時間30分になりました。
アイキャッチ画像は内牧公園近くの民家の庭に満開に群生していた「福寿草」
いにしえ&黒沼用水散策

平安初期の貴族で六歌仙の一人在原業平の舟塚が有ったと言われる「業平橋」豊春小学校近く

鳥のさえずりに癒される「古隅田野鳥の森」

1737年に架けられたと言われる県内最古の石橋「やじま橋」

旧古隅田川の氾濫を防ぐために作られた堤防後に作られた「古隅田公園」野鳥の森や遊歩道も含まれます

満蔵寺境内にある樹齢350年の「お葉附き銀杏」県特別天然記念物

満蔵寺境内にある謡曲『隅田川』有名な梅若丸伝説が伝わる「梅若塚」

どこか懐かしい田園風景の散歩道「内牧黒沼緑道」

穏やかな日差しが差し込んでいる「内牧公園」の雑木林

6月下旬以降白や桃色の蓮の花で賑わう「内牧黒沼公園」

黒沼用水路の『豊春・内牧用水』分水点、春日部市と白岡市の市境

黒沼用水路(下)が新堀(上)と交差する「河川立体交差路」この様な河川立体交差路が白岡市には九か所あります、農業用水と一般河川を分離するため

黒沼用水路が御成街道のしたをくぐる「立体交差点」珍しい所です

暖かい日差しが降り注ぐ「高岩公園」①

暖かい日差しが降り注ぐ「高岩公園」②
トピックス
先日、私も豊春周辺を歩いてきました。萬蔵寺、古隅田公園、一万歩は軽く行きました。別の日には、慈恩寺、玄奘塔も回ったりしています。この季節の散歩は歩いていても暑くもなく最高ですよ。さすがに、白岡まではいきませんが。
慈恩寺までは
かなり有りますね!
凄い!
1万歩の達成もできますね!
俺はまだ3回しか達成して無い!
ありがとうございます。梅若伝説について今度教えてください。
満蔵寺に伝わるのは今からおよそ千年前、京都の北白川に住んでいた吉田少将惟房卿の一子梅若丸は七歳の時父に死別し、比叡山の稚児となった。十二歳の時、宗門争いの中で身の危険を思い下山したが、その時に人買いの信夫(現在の福島県の一地域)の藤太にだまされて東国へ下った。やがて、この地まで来た時、重病になり、藤太の足手まといとなったため、隅田川に投げ込まれてしまった。幸いに柳の枝に衣がからみ、里人に助けられて手厚い介抱を受けましたが、我身の素姓を語り、
尋ね来て 問わば答えよ 都鳥
隅田川原の 露と消えぬと
という歌を遺して息絶えてしまった。時に天延2年(974)3月15日であった。里人は、梅若丸の身を哀れと思い、ここに塚を築き柳を植えた。これが隅田山梅若山王権現と呼ばれる若梅塚である。
謡曲の梅若のモトですね!
最近あまりとり上げられなく
なりましたね!
昔は豊春中学の所に有ったような
アイマイな記憶がある
都鳥の碑も
梅若に関係有ったような
八幡神社の入口左側に碑が設置されています、春日部市の資料では、在原業平(ありわらのなりひら)の隅田川の伝承などを伝えるため、1853年(嘉永6年)、粕壁宿名主の関根氏らによって建立された石碑です。刻まれた和歌や詞書は千種有功(ちぐさありこと)によるものであり、当時名のある歌人であった京都の公卿と粕壁宿の住民に国学に関する交流があったことがうかがえることから、粕壁宿民らの文化活動の広まりとその成果の反映といった文化史的な価値が認められる資料です。また、碑の内容が地域を流れる古隅田川に関わる伝承であることや、中世の武士である春日部氏に関わる春日部八幡神社の由緒を伝えることから、地域の伝承の継承に寄与した資料であることも評価できます。「春日部市歴史資料より」
豊春中学の脇の用水みたいなのが
出てくる隅田川で
豊春中学の所な昔有ったような
その流れが満蔵寺の横に
だったようなアイマイな記憶が
凄い!
それしか出ない!
豊春の奥のヤジマ橋から
内牧、黒沼辺りでも
かなり有ります!!
白岡なんて〜〜
凄い!